最近タイムラインを見てくださっている方は、きっとこう思っているだろう。
そう。絶賛公開中の映画「大長編タローマン 万博大爆発」を視聴してから、様子がおかしいのである。
今日の雑文では、どうして俺はこの映画を傑作と判断したか、そしてどうして執拗に他人に勧めるのかについて、ちょっと整理していこうと思います。
書いてる途中で気づかずネタバレを踏んでいるかも。視聴が確定している場合はご注意ください。
まず言いたいことは、おれは他人に物語を勧めることにリスクがあることを理解しており、無闇にしないように気をつけている。
昔は結構やたらと勧めまくっていた。自分と他人は違うことがわかった。無闇に過激な作品を勧めすぎて、おれのことを信頼して触ってくれた人を傷つけてしまったことが結構増えた。
触ってくれた人が傷つくのも嫌だし、それで自分が好きな作品を好きでなくなるリスクを取るのも危険だと思う。そういう節度が一応あることを言い訳させてほしい。
ではなぜ、タローマンはこうなのか?
前提として、映画がめちゃ面白くて、誰でもストレスなく見られるというのは重要なポイント。めちゃめちゃ面白いです。
予告動画をどうぞ
藤井亮監督の作品を初めて知ったのはキタンクラブのCM動画だったが、これも死ぬほど面白いですね。見てない人は絶対見て!
映画の内容にはあまり触れるつもりはないけど、クソ映画のレッテルを貼られるギリギリのラインで傑作映画になっている感じがする。ネットで見た意見だけど、監督がとにかく真面目に作っていることが、視聴後数日経ってだんだんわかってくる。細部に宿った神が微笑んでいると思う。
というか、今あえてあのB級感を出すのって簡単じゃないのは冷静に考えたらわかると思うんだよな。おすすめの映画です。
岡本太郎の作品は以前からまあまあ好きだった。
当HPは記事数少ないけど、ほぼ唯一の日記記事が太陽の塔だったりしておもろい。
たいへん月並みな感想だけど、ほかでは見られないようなエネルギッシュで可愛くもある作風は結構好きだ。
一方で、その思想はやや過激だと思っているところがある。強烈な反体制的思想は、やっぱり手放しで受け入れられるものではなく、ただその作品を見ると説得力があるので、悩むまま結論を保留して鑑賞を終えていたと思う。
5分のTV版についても、掛け値なしで好きな作品とは実は思っていない。
「思想を押し付ける」というのは嫌いで、短すぎるからどうしてもそこが気になってしまうのだった。音楽も、それを歌詞に載せてしまうのは、耳に心地よく入ってきて(心地よくあるべきではないのだ)、反射的に拒絶してしまう。
そして今回の映画なのだった。前提として、前述の面白さが骨子にあると思う。
この映画の「万人受けする面白さ」は、心地よさを由来にしていないと思う。いやある程度してるかもしれない。爽快なタイムトラベルがベースだもんな。ただ、変な作品を全面的に出しているので、視聴体験としては心地よさではない、アドレナリン的な面白さが強いと思う。
このベースがあって、はじめて、シナリオで適切に引用される岡本太郎の言葉が響いてくる。
思想は押し付けるものではなく、それを聞いた人間が上手に活用するものだ。
癖が異常に強い登場人物の行動や思考を追体験することで、大切な考え方の活用を勉強することになる映画なのだ。
タローマンはおれたちに、マイナスに飛び込む方法を教えてくれた。でたらめは「である」ものではなく「やってみる」ものだ。
常にでたらめである必要はなく、問題はいざというときにマイナスに飛び込む(リスクを冒す)ことができるのか、から、できるに決まってるだろ!に修正するきっかけになるのだった。
秩序で守られた世界だからこそ、心のなかに混沌と爆発を潜ませる必要がある。創作をしたいのならなおさら忘れてはだめだと思う。対局の存在を常に意識し制御することで、何らかの停滞を打破したり、新たなエネルギーが生まれたりするかもしれない。そういう感じ。
タローマンは都合の良い解釈を許さないかもしれない。だが自分が許せば良いのだ。岡本太郎は概念になったが、概念以上のものにはならない。自分が思想を受け取り、どう考えるかだと思う。
ロックマンエグゼの初代で、ロックマンが「サイトバッチ」というプログラムを組み込むことで覚醒する超重要なシーンがある。batファイルを組み込むことで、本来の力を発揮できるようになる。
でたらめを「やってみる」という思想は、一度肌で理解したら大切な武器になる。脳内でインストールされる感じがある。これが前述のシーンと個人的に重なったのだった。
岡本太郎はバッチファイルかもしれないと思う。そしてこのバッチファイルを各自でインストールすることは、おれの妄言を耳にして視聴を決める人にとっての人生をわずかに高品質なものにするかもしれない。勧める価値はある。と思っていたのだった。
いざというときにリスクを冒すことが、生命の爆発だと脳内の岡本太郎が叫んでいる。本当かどうかはわからない。
わからないが、この記事をあえて書くことが、どこか今までのおれらしくないと思った。