日報 長くて意味不明だけど無茶苦茶面白い長編小説という概念について

◆面白かったか面白くなかったかではなく、自分がその表紙を見た瞬間に面白く読めるだろうと言える盲信こそが欲しいのかもしれない

◆長編小説は二日続けて読むこと。一日目より二日目の没入感がすごくて、エネルギーを使って読む<命を削って読む に変わるタイミングがあるので

◆健康にも良い

◆2018年は、今までで一番色々な作品に衝撃を受けたと思う。毎日別の刺激を受けるほど豊作だったか

◆多面的に好きなものを追う鼻が鍛えられてしまったことに自分の将来を見出せるのか 零號琴のハマり方から、どこにも属せないような孤独感も感じる

◆ついでに、他の過程をすっ飛ばして読むたくさんの作品に対して面白くない判定をしなければならないのだろうかという不安もある

◆性癖は隠すものではなく積むもの という格言通り、好きなものは拡がっていくと思うけれど、その一方で「好き」の反対にある「嫌悪感」は浮き彫りになるかもしれないのもこわい